2015.01号 フィリピン編(2)

皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。今回はフィリピンの歴史をお届けします。

フィリピンの歴史概要

フィリピンの歴史については、ASEANの他国と比べると、意外に情報が少ないのが実情です。これはフィリピンが「島群であること」「大陸から距離があること」から、直接見聞きされることが少なかったため、と推測している歴史家もいます。
フィリピンの歴史は大きく「スペイン支配前」「スペイン支配時代」「アメリカ支配時代」「独立後」に分けることができます。例によって、各時代について思いっきり要約して記してみます。

スペイン支配前

古くは、マレー半島から移住してきた人達が焼畑農業を行って生活しており、後にやはりマレー半島からの移住者が増え、部族ごとに国家が存在していました。
インドネシア編の第2回で記したように、ASEAN地域は2つの大国インドと中国の交易の中間地点として機能し、物資とともに思想や宗教も流入してきます。
フィリピンでも、仏教→ヒンズー教→イスラム教のように宗教が移り変わり、14世紀後半にはイスラム教が浸透しています。
そんな中に、スペインが進行してきます。

スペイン支配時代

16世紀は、スペインとポルトガルの海上覇権の時代です。15世紀後半に、ポルトガルは自国を南下しアフリカを迂回してインドに到達する航路を開拓し、一方スペインは西進してインドへ行く海路を探ります。コロンブスが、インドと勘違いはしたものの、アメリカ大陸を発見したのがこの時ですね。
スペイン国王の命を受けてこの西進海路をさらに延伸させたのが、有名なフェルディナンド・マゼランで、スペイン→南アメリカ大陸→グアムを経由して、1521年にフィリピンに到達します。マゼランは世界一周を成し遂げたとして知られますが、実際には途中のフィリピンで戦死しています。
1542年にスペインは再度西回りの経路で船団を派遣します。当時のスペイン皇太子(後のフェリペ2世)にちなんで、この島群は『フェリペナス(フィリピナ)』と命名されました。
この時は島民の抵抗にあいフィリピンを離れますが、およそ25年後に三たびフィリピンに進行し、1571年に武力制圧によりマニラを占領します。ここから約300年にわたり、スペインがフィリピンを植民統治します。
スペインは統治においてスペイン式を浸透させる方式をとります。前述のように、当時のフィリピンでは主にイスラム教が信仰されていたので、スペインはそれをキリスト教に改宗させます。フィリピンが他のASEAN地域と比べて西洋風が強く独特な雰囲気を持つのはこのような背景があるためです。
スペインはフィリピン(マニラ)を中継地点として、もう一つの植民地であるメキシコと、交易相手である中国を結んで貿易を行います。
19世紀になると、フィリピン内で民族主義運動が活発になり、秘密結社が組織されたりフィリピン解放運動が行われるようになります。こうした活動を押し進めた人として、独立運動の英雄ホセ・リサールや後に大統領となるエミリオ・アギナルドがいます。

マニラ中心部をマニラ湾沿いに走るロハス通り。
写真左手の先に、独立運動の英雄ホセ・リサールの名前がつく”リサール公園”があります。

アメリカ支配時代

19世紀末に、キューバ沖でのアメリカの戦艦爆破事故をきっかけに、それまで対立していたスペインとアメリカの間で米西戦争が勃発します。この影響はフィリピンにも波及します。
アメリカはフィリピン国内で反スペインに協力する人を求め、先にあげたエミリオ・アギナルドと手を組みます。
アギナルドは革命軍を指揮してスペインに独立戦争を挑み、スペイン軍を退けて独立を宣言します。アジアにおいて植民地支配から独立を宣言したのはこれが最初です。
しかし、米西戦争で勝利した米国はフィリピンの独立を無視し、スペインと結んだパリ講和条約により、2,000万ドルでフィリピンの支配権を買い取ります。結果として、支配者が代っただけです。
フィリピンはこれに反発し、アギナルドが自治政府を組織して大統領となりフィリピン(第一)共和国を建国、1899年に米比戦争に突入します。
しかし、アメリカ軍に鎮圧され、1902年にフィリピン(第一)共和国は崩壊し、アメリカの支配下に入ります。
これ以降も、フィリピンはアメリカに対して独立を要求し続けます。1929年の大恐慌を機に、アメリカ側もフィリピン独立を容認する風潮に変わり、1934年にそれがアメリカ議会で可決され、10年後に独立することが承認されます。
ほどなく太平洋戦争が始まると、1941年に日本軍がフィリピンに上陸・占領し、軍政を布きます。日本軍は、フィリピン統治ができるだけの余裕がないこともあり、アメリカによる独立承認にならい、1943年にフィリピンの独立を認め、フィリピン(第二)共和国が樹立されます。
しかし、1945年にアメリカ軍が日本軍からフィリピンを奪還し、(第二)共和国は消滅します。
フィリピンはふたたびアメリカの植民地となりますが、以前の議会承認は実行に移され、1946年にようやく独立が叶います。

独立後

独立後もしばらくはアメリカ主導の政権が続きます。
1965年にフェルディナンド・マルコスが大統領に就き、20年に渡る独裁体制を築きます。当初は農地改革や経済開発、官僚制度整備などで成果をあげますが、長期政権により腐敗が進み、民衆の不満が爆発し、1986年のエドゥサ革命でマルコス政権は崩壊します。
以降、コラソン・アキノ、ラモス、エストラーダ、アロヨ、そして現在のベニグノ・アキノ三世へと政権が移り今日に至ります。

今回はこれで終了です。次号は現地の様子をお届けします。
では、また来月お会いしましょう。

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