2019.04号 タイ特別編(1)

皆様こんにちは、株式会社コアブリッジの柳です。
今号は特別編として、3月24日(日)に総選挙が行われたタイについてお伝えします。
2014年のクーデーター以来何度も先延ばしされてきた総選挙の実施は、2011年以来実に8年ぶり(*1)です。

タイの選挙情勢

タイは「都市部の富裕層・特権階級」と「農村部の低所得者層」とに二極化しています。特に昨今はその差が甚だしくなってきていて、「世界一格差が大きい」という調査結果もあります(*2)
施政者や役人が自らの既得権益を守ろうとするのか、多数の非富裕層の支持を集めるのか、により政策も選挙戦略も変わってきます。
今回の選挙に限らず、2001年以降の選挙戦は、都市部の中流階級以上を支持層にした政党と、農村部の低所得者を支持層にした政党の争いの構図になっています。
そして、後者の政策を前面に出し、農村部の支持基盤を形成して選挙に勝ち続けてきたのが、2001-2006年に首相を務めた"タクシン・チラワット"です(敬称略、以下同)。現在は国外逃亡中ですが、今もなおタイの政界に大きな影響力を持ちます。
現軍政にとって「タクシン派勢力をいかに減衰させるか」が重大事で、言うならば、クーデターの発端も、政権を握ってからの行動も、憲法改正も、それを狙ってのことです。

総選挙2019の特徴

タイの国会は、下院(人民代表院)と上院(元老院)の二院制で、現在の定員は、下院:500、上院:250です。
軍政は、軍政を支持する親軍政政党(具体的には「国民国家の力党」)を結党して、民主政党(非軍政政党。反軍政の党もあれば親軍政の党もある。「民主党」のことではない)と議席を争います。
軍政により憲法や選挙関連法に改定がなされていて(選挙にめっぽう強い”タクシン派”勢力に不利になっている)、今回の総選挙は以下の制度の下で実施されています。

  • 総選挙の対象は下院のみ
  • 上院議員は実質軍政が任命する(タクシン派は入りようがない)
  • 下院500議席を、小選挙区350、比例区150に分ける
  • 有権者が投じるのは小選挙区の一票のみで、その票が比例区の票も兼ねる
  • 党ごとの得票率に応じて獲得議席数が決まり、選挙区の議席数が多いと比例の議席数が少なくなる仕組み(特定の党が大勝ちできない)
  • 各党は首相候補を立てる(党首が首相候補とは限らない)
  • 首相指名は上院250も合わせた750人で行う
  • 首相指名のためには、
    ・親軍政側は、下院+上院の750の過半数376から上院の250を引いた126議席以上必要
    ・タクシン派は、下院+上院の750の過半数376議席以上必要

親軍政側は、下院+上院で過半数をとって首相指名ができても、下院で過半数をとらないと予算や法案が通りません。
逆に、タクシン派としては、首相指名が通らなかったとしても、下院の過半数は死守したい。
結果として、両陣営共、連立による数合わせを余儀なくされています。

暫定結果

比例区も含めた最終結果が出るのは5月9日とだいぶ先(5/4-6に行われる国王の戴冠式への配慮)ですが、3月28日に選挙管理委員会から以下のような発表がされています。
・投票者数:3826万8375人、投票率:74.69%
・有効票:92.85%、無効票:5.57%、白票:1.58%
・各党の得票(多い順)
 1. 国民国家の力党(親軍政。首相候補は現暫定首相のプラユット)・・・・・・・843万票
 2. タイ貢献党(タクシン派。反軍政。首相候補は元保健相のスダラット)・・・・792万票
 3. 新未来党(反軍政。リベラル系新党)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・626万票
 4. 民主党(反タクシン。党首のアピシット元首相は惨敗により辞任を表明)・・・394万票
 5. タイの誇り党(キャスティングボート(Casting Vote)となりうる)・・・・・・373万票
 ※6位以下は省略

いずれの政党も過半数には届かず、連立の工作に入っています。
親軍政の「国民国家の力党」が、比例区もあわせて126議席以上獲得すると予想されており、プラユットが首相を続投する見込みです。
タクシン派勢力は七つの党で連立を組み、下院の過半数に達したと表明しています。
この通りであるとすると、下院は反プラユット派が過半数となりますが、上院はプラユットの議員指名により当然親軍政で占められるため、いわゆる「ねじれ」状態となり、困難な議会運営になると見られます。

街中の通り沿いに立て掛けられている選挙の看板

現地の様子

軍による物々しい厳戒態勢の下で投票が行われるのかと思いきや、いたって静かな投票となりました。
学校等の公共施設が投票所となり、8:00から17:00まで有権者が投票をしていました。
日差しの強い暑い日で、私が覗いたバンコクの投票所二箇所は、真昼には投票者が皆無で閑散とし、のんびりした雰囲気でした。
選挙の暫定結果を見るに、これまでのようなタクシン派の圧勝はなくなり、クーデター後の軍政に対する一定の評価と期待が持たれていることがうかがえます。
タイ国民の「もう混乱はこりごり」という声が聞こえてきます。

私立小学校内の投票所。軍の警備が物々しいのかと思いきや、そんなことはありませんでした。
百貨店横の特設投票所

(*1)
インラック前首相が2013年12月に下院を解散した後、2014年2月に総選挙が実施されてはいるのですが、当時の野党が選挙をボイコットしたり、大規模デモによる選挙の妨害があり、憲法裁判所が「無効」の判決をくだしています。

(*2)
クレディ・スイスの『Global Wealth Report 2018』より。
これによると、タイの上位1%の富裕層が富を占有している割合は66.9%、上位5%になると79.9%になります。
なお、二位はロシア、三位はトルコで、日本はデータのある40カ国中で下から二番目です。
しかも、軍政が始まった2014年時と比較すると、二位のロシアは占有率が減っているのに対し、タイは著しく占有率が増えています。
 ◆2018年調査結果:富裕層が富を占有している割合(括弧内は2014年の値)
  一位:タイ :上位1%:66.9%(50.5%)、上位5%:79.9%(66.9%)
  二位:ロシア:上位1%:57.1%(66.2%)、上位5%:73.7%(79.1%)
  三位:トルコ:上位1%:54.4%(N/A) 、上位5%:72.3%(N/A) ※2014年のデータなし
  参考:日本 :上位1%:18.6%(17.9%)、上位5%:36.6%(36.0%)

今号は以上で終了です。
次号もタイの特別編を予定しています。
ではまた次回お会いしましょう。

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